とはいえ避けられない

 社会は人の関わり合いで出来ていて

人間は誰も自分1人の世界で生きていない。

 生きている限り、必ずだれかと交わる。

 自分が辛くなる状況を分かっていても

社会の何かに属しているとどうしても避けられない時もある。

 今日は、どうしても避けられず自分を消耗してしまいました。

強い圧を受け、我慢し続けてしまったので

いつもの生活の光も、音も、匂いもいろんな刺激が

今日はもう入りません。と身体が言っています。

こんな時は、無になりたい。

何もせず、素直に休みます。

自分を知ること

 自分がHSP(人一倍敏感な人)だと知ると、「HSPだからこう」とか「私はHSPなんだ」と、思ってしまいがちです。 でも、そうやって自分で自分を責めることはしなくて良いんですよ。

 大切なことはHSPはその人の素晴らしい特性の1つであって、「私の存在自体がHSP」というわけではないということです。HSPであることを、自分らしく生きていくために最大限に生かしていきましょう。




  HSPさんは、環境の影響を受けやすかったり、その高い共感性から人の思いを感じ取りやすかったりするので、「人との境界線が薄い」と言われています。

  そして、自分の心や身体の状態に気づきづらいため、実はとても自分を消耗していることに気づかないまま過ごしていることが多いです。

 でも、せっかくの自分の人生の時間、自分が幸せになるよう、輝かせて行きたいですよね。 自分こそ、自分の1番の味方になっていってあげましょう。

 そのためには、自分自身の内面に目を向けて、自分をよく知ってあげることが大切です。

自分を知ること

 例えば、「時間」に関して。

この記事を読んでいるあなたが、HSPさんだとしたら、あなたが物事に集中したり、人と一緒に何かを取り組める時間は何時間ですか?

 だいたいでもそれが分かっていれば、長時間の行事や人と会うときに「あ、私はそろそろ疲れてくるな。ここで1回休憩を入れよう」と、意識的に自分に無理をさせない過ごし方が出来ます。

 休憩は、例えばトイレなど別の場所に行ってみたり、目を閉じて深く深呼吸をしてみたりすると良いですね。

 HSPさんにとっては、無理して相手に合わせて一緒に居るということが辛く精神をすり減らしてしまうのです。

 この、意識的に「自分をコントロール出来ている」ということが、人との境界線を強くし自分の感覚を保ちやすくなります。

 ちなみに、私の場合は人と居れるのがだいたい3~4時間くらいかな。と最近思っています。

 

また、「自分が追求しがちなこと」についても、知っておくと楽になれます。

 HSPさんは、細かなことに気づくため、感覚1つですらとても正確さを追求することがあります。 それも、感覚的に反応してしまうことなので、無意識であることが多いです。

 例えば 、

・言い方や言葉の使い方に拘るのか

・文章の文字に拘るのか、相手の声の調子に拘るのか

・物事の運び方やタイミングに拘るのか

などです。

 これらのことで「ん?」と違和感を感じたり、理由もなくなぜか自分だけイライラしてしまったりすることがあれば、 「あぁ、私は今ここに気づいて違和感を感じているんだな」と、まずは自分を客観視してあげると良いと思います。

 一度悲しかったり辛い感情に飲み込まれてしまうと、なかなか気持ちの切り替えが出来なくなってしまうんですよね。 そうすると、その後の予定も全部自分のペースが崩れていってしまう時もあります。

 自分を客観視出来れば、「私=感情そのもの」ではなくなるので、 「ああ、今はイライラしている私が、(何かを)やろうとしているな」→だから、少し落ち着こう。と対処することが出来ます。

 自分を知るということ。

 それは「HSPについて知る」のではなく、 HSPをきっかけに自分自身に目を向けてあげること。

 そして、特に自分の苦手なことを知っておいてあげることが、HSPさんの生きやすさに繋がることだと私は思っています。

子どもにとって「環境」ってなんだろう?

 以前facebookに投稿した記事の中で、反響があったので書きます。

 子どもの成長に関わる仕事をしている人や、遊び、体験活動などに関わる仕事をしている人はよく、「子ども」についてだけじゃなく、「その子の周りにある環境」について考えたり、アプローチしていくこともあります。

 現在はフリーランスのプレーリーダーである私ですが、今までに以下の仕事をしてきました。

1.児童発達支援事業 保育士

…小学校就学前の障がいをもつ子どもの、生活や保育を通した発達支援

2.放課後等デイサービス 保育士

…障がいをもっていて、特別支援学校や通常学校の特別支援クラスに通っている小学生や中学生の放課後の時間の生活支援や発達支援

3.重症心身障害児者入所施設 保育士

…精神的・身体的に重度の障害を持つ障害児者生活の場として入所している施設で、食事・排泄・入浴などの生活支援や保育活動

4.学童保育 指導員

…親が仕事で帰宅が遅いなどの理由で、放課後学童保育に通う小学生の生活面の支援や心のサポート

5.常設プレーパークのプレーリーダー

…誰もが来れる地域の自由な遊び場で、子ども達のやってみたい遊びの実現や親子の外遊びを支えたり、話を聞きながら心の居場所をつくる

こんな子ども達に出会ってきました

・言葉を喋ることは出来ないけれど、遊ぶ中でその日の気分や主張を表現したり、人との関わりを楽しむ子。

・自分で動くことは出来ないが、人に触れてもらったり話しかけてもらうことで感情が素直に表情に表れる子。

・「学校に通う」以外の選択をし、自分が本当に心が向く事、自分が過ごしやすい時間の過ごし方で生活することで、自分の内面を知り生きている実感を取り戻した子

・学校が終わった後に、様々な複雑な気持ちやストレスを感じながら、自分の家に帰るまでの時間を待つ子

・やってみたいと思ったことを、大人の視点を入れず自分なりにやって見ながら、道具の使い方や友達との協力の仕方、試行錯誤や工夫をみつけていった子

いろいろな「子どもに関わる仕事」がありますよね。

 そこで、「子ども」を見ているだけでは改善出来ない問題があるということを経験してきました。

子どもにとっての環境いろいろ

・そこにいる大人の考え方や大人との関係性

・そこにある物や設備

・その場の決まり

・その場に関わる大人の体制(人数や時間)

・他の子との関係性

・時間的制約

・親の存在

などです。

 「大人の考え方」が子どもにとっての環境になるというのは例えば、子どもが何か興味を持ってやろうとした時に、近くに居る大人が「まだあなたには早いからダメ」や「こっちをやってからにしなさい」と言うのか。

それとも「やってごらん」と言うのか。

 それによって、子どもが経験することが出来ることの内容や質が変わってきてしまうのですね。そう考えると、「大人」という存在も、子どもにとっては大きな「環境」なんだなぁ、といつも思っています。

そこにある環境は、変えていくことが出来る。

 施設の物や決まり(ルール)、そこで仕事として働く大人の人数や施設の時間などは、なかなか簡単には変えることが出来ませんよね。

 しかし、そこに居る大人の考え方や、子どもに対する見守り方の姿勢、関わり方などは、「何を大切にしたいか」によって変えていく事が出来ます。

また、一人で変えることが難しければ、他の誰かに相談したり話し合ったりしながら、大人にも共に考える仲間を作ることが出来ます。

プレーパークとは

 子どもにとっての遊び環境が、より自由なものとなるように考えられた遊び場があります。それは「プレーパーク」というものです。

そこでは、

「子どもの遊びの時間は子ども自身のもの。大人は、子どもが遊びの中で自分なりにいろいろなことに挑戦していく時間を、手出し口出し先回りせずに、見守る役割。そして子どもがやりたいことで手助けが必要なことがあれば、それを支える。遊びの中で経験していく失敗や成功、試行錯誤や工夫などが全部、子ども自身の経験となるように支えていくこと」

を大切にしています。

これも「大人の考え方」による環境の作り方の1つです。

今回は「環境は変えていく事が出来る」という事について書きました。

プレーパークについて、また別の記事で詳しく書いていこうと思います。

 

 

 

HSPを初めて知ったとき。

 人と一緒にいると、その時は楽しく過ごせるけれど、

家に帰ると、なんだかぐったり動けなくなってしまう。

 自分の中では普通に「こう」と思うことが、どうも自分だけ人と合わなくて困ることがある。

 威力のある人、イライラしている人、がいるとなぜか自分までその気持ちになってしまう。

 基本的に相手優先、気付くと自分のことは後回し。

 何かをしながら、常に人や場所の事を考えていて、1日の中で自分に意識を向ける時間が全くなかった!なんてことも日常茶飯事。

 周りの雰囲気に合わせる事が出来るが、その代わり「自分」がどっかにいってしまったような感じがする。

 とにかく、なんか自分は人と違う!

普通の日々を生きていくことが、ただそれだけで辛すぎる。

 もしかして私、実は発達障害をもっているのかな。

毎日そう思うようになってから、1年半ほど経っていた頃…

たまたま、HSPという言葉に出会った。

 

 きっかけは、仕事に関連して子どもの「感覚統合」について勉強していた時。

私はネットで「感覚統合」「子どもの感覚」「うまく適応できない」などのキーワードで、いろいろと調べていました。

 (うまく適応できないのは、辛いよなぁ…、なんだか分かる気がする)なんて思ってながら。

そしてふと、

「HSPーhighly sensetive personー(人一倍敏感な人)」という文字に目が止まり、何気なくページを開いてみると、そこには「チェックリスト」なるものがありました。

【HSP簡易チェックリスト】

1.自分を取り巻く環境の微妙な変化によく気づくほうだ

2.他人の気分に左右される

3.痛みにとても敏感である

4.忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋など、プライバシーが得られ、刺激から
  逃れられる場所にひきこもりたくなる

5.カフェインに敏感に反応する

6.明るい光や強い匂い、ざらざらした布地、サイレンなどの音に圧倒されやすい

7.豊かな想像力を持ち、空想に耽(ふけ)りやすい

8.騒音に悩まされやすい

9.美術や音楽に深く心動かされる

10.とても良心的である

11.すぐにびっくりする(仰天する)

12.短時間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう

13.人が何かで不快な思いをしているとき、どうすれば快適になるかすぐに気づく
   (たとえば電灯の明るさを調節したり、席を替えるなど)

14.一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ

15.ミスをしたり、物を忘れないようにいつも気をつける

16.暴力的な映画やテレビ番組は見ないようにしている

17.あまりにもたくさんのことが自分のまわりで起こっていると、不快になり、神経
    が高ぶる

18.空腹になると、集中できないとか気分が悪くなるといった強い反応が起こる

19.生活に変化があると混乱する

20.デリケートな香りや味、音、音楽などを好む

21.動揺するような状況を避けることを、普段の生活で最優先している

22.仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を
    発揮できない

23.子供のころ、親や教師は自分のことを「敏感だ」とか「内気だ」と思っていた。

以上の質問のうち12個以上に「はい」と答えた場合はおそらくHSPに該当するとおもわれます。また、たとえ「はい」が1つか2であっても感受性の度合が極端に強いのならHSPに該当するかもしれません。

(出典:「ささいなことにも動揺してしまうあなたへ」)
(著者:エイレン・N・アーロン)

 驚いたことに、ほとんどが私の状態に当てはまり、

「私はこれだったのかーーーーーーーー!」と、1人アパートで叫んだのを今でも覚えています。

 それからまた何日間か、HSPについての情報を貪るように夢中で拾い集め、本も買って読んでみたりして調べれば調べるほど、「なんだ、私が変な訳じゃなかったんだ!」と確信出来るようになりました。

HSPーHighly sensetive personー
(ハイリ―・センシティブ・パーソン)
人一倍敏感な人

 

 HSPとは「人一倍敏感な人」と言われます。

アメリカの心理学者エレイン・N・アーロン博士が提唱した概念です。

 人口の2割くらいの人が、この「HSP」の気質を持つと言われていますが、日本人の場合はその「調和を重んじる」国民性から、それよりも多い割合でいると言われています。

 2割ということは、5人いたらそのうち1人がHSP。少数派ですね。

 そしてこのHSPは、病気でも障害でもありません。

人が生まれながらにして持っている「気質」のことです。

 日本では、まだあまり知られていないため、自分がHSPだという事に気付かないまま日々「生きづらさ」を感じている人が多くいます。

 最近では少しずつ耳にするようになってきましたが、医学的根拠などはないため、医者の中でも知っている人がまだ少なく、抑鬱症状などから精神科などを受診してもHSPの可能性までたどり着けないこともあるようです。

 私は自分がHSPだと知ったことで、今まで自分が感じていた違和感や生きづらさに理由が見つかり、精神的にとても救われました。理由とその特徴が分かれば、少しずつ対処することは出来ますからね。



 自分がHSPと知るまでの期間のほうが、まるで出口のない、希望の見えない長いトンネルのようでとても辛かったです。

 

 

 

 

 

「気にしすぎる人」、〇〇が苦しくなる。

 こんにちは!

人生を遊ぶように生きたい、ゆうです。

 今日は、「気にしすぎる人」だった私が〇〇が「苦しい!」と思うようになったときのお話しをしますね。

 

 前回の記事で書いたのですが、私はもともと「人の反応」や「人や場所の雰囲気」、「人よりも細かくて深いところ」が気になってしまい、不安になりやすい人でした。

「私、【気にしい】なんだよなぁ…」って、いつも自分で思っていました。

 

 思い返せば、小学校や中学校の部活の時は、男の先生がいるだけでその空間が怖くて委縮し本当の力が出せなくなってしまったり、高校になると塾の厳しい男の先生が怖くて質問したくても話しかけることが出来なかったり。

 

 頑張って話しかけても、緊張からか途中で自分が何を言っているか分からず支離滅裂になっていました。

 

 他の女の子の友達はみんな普通に話しかけることが出来ていて、楽しそうに笑っているのに、私はなんで出来ないんだろう…って思っていました。

 

 

 あと、高校くらいの時から、人といると常に何かを気にしてしまう自分がいて疲れてしまうので、本当に息の合う友達といる時以外は、

基本的にいつも「一匹オオカミ」でした。

 寂しかったけど、そのほうが自分の心が楽だったのです。

 

 社会人になるまでに、私の中ではきっと、もっともっとたくさんいろいろな事を感じていたのだけれど、気にしすぎていたら毎日が辛くて仕方がなくなってしまうので、出来るだけ「忘れよう、忘れよう!」「気にしない、次はきっといいことある!」と思うようにしていました。

 

「気にする」がいよいよ「苦しい」になった。

 それは、社会人になって仕事というものをするようになった時。

 

 私は、転職を7年間のうちに3回しています。

  初めての転職は、人間関係に疲れて居られなくなってしまったから。

 2回目と3回目は、みんなとても良い人達だったけど、私はもっとスキルアップをしたくなってしまったからです。

 3回目の転職の時に、初めて一人暮らしをしました。

 対人援助の仕事なので基本的には相手のニーズに合わせ、相手がより良い環境で過ごせるように支援する仕事です。

 

 

 

 私の「他の人は気付かないような細かい所や、人の背景にある感情などをとても気にしてしまう」という嫌だった部分は、こと仕事となると、とても役に立ちました。

 

 相手の表面化して出てきた言葉だけじゃなく、表情や行動、などの様子から背景にある事を察したり、察してもそれは相手が乗り越えるべき課題かどうか(今は、敢えてやってあげないほうが良いのか)など考えながら、状況と駆け引きしながら判断することが出来ました。

 

 とにかく常にいろいろな所に神経を研ぎ澄ませていました。

それも意識的に、というか自然と出来てしまうのです。

 

 そして仕事中は自分をセーブすることなく、状況が分かれば分かるほど、今必要と思われる仕事をやってしまいました。

 

 おかげで、相手(利用者さん)の心により共感することが出来たり、他の人には言えない本音を漏らして頂ける存在になれたり、仕事をしていても、私も嬉しい瞬間にたくさん立ち会わせて頂きました。

 定時で終わることはあまりなく、毎日遅くに帰ってそこから1人で夕飯作り。

 しかしこんな感じで1日人と接し、精神的に疲れているので、気力もありません。

 

 適当なものでとりあえず、お腹を膨らませていました。

 それこそ、カップラーメンとか牛丼ならまだ良いほうで、ジュースとかスープとかでいいや。という日もありました。自分のためにご飯を作って、食べるのが面倒臭かったのです。

 「自分なんか、ご飯を食べる価値もない」

今思うと怖いくらいに精神的に憔悴しきっていて、本気でそう思うようになっていました。

そして、早く寝ようと思っても今度は寝る事が出来ないのです。

 1日「人のため」と考え仕事してきた私の心は、「まだ今日の自分を生きていないから、寝れない!」と叫んでいました。

少しでも楽しい感情を求めてyoutubeを漁って見て、気付けば2時半…。

 寝不足で疲れが取れないまま翌日の仕事に行く、という日が続きました。

そして、仕事モードになるとまた、精神を研ぎ澄ませていました。

一番辛かったのは仲間と感覚が合わないこと

 精神的な疲労が溜まっていったのも辛かったのですが、

何よりも辛かったのは、そんな感じで私の感覚が他の人よりも鋭いところがあったので、

意見交換をしようと話し合いをしても、今大切にしたいことがなかなか噛み合わないのです。

 その人の事が嫌いなわけじゃないのに、うまく方向性を合わせることが出来ない。でも、チームでやっている仕事だから「一匹オオカミ」みたいに一人で自由にやる訳にもいかない。

 一生懸命、周りに合わせようとしないと、当時の私は集団の中では仕事していけませんでした。

このあたりから、「自分」というものがどこかに行ってしまったような気がして、自分を生きている感覚がなくなってしまいました。

 「気にする」を自分の中でもごまかしきれなくなくなって、毎日「生きていること」そのものが「苦しい、苦しい、苦しい!」しかありませんでした。

「気にしすぎる人」

 こんにちは。

人生を遊ぶように生きたい、ゆうです。

 今日は、私が「気にしすぎる人」であることについて、お話しをしようと思います。

私がいつも気にしていたこと

  • 周りから、私はどう思われているんだろう
  • こんな行動をしたら、どう思われるかな
  • 相手はLINEではこう送ってきたけど、本心は違う事思っているんじゃないかな
  • 私なりに正しいって思っていることって、なんか周りとズレてる?
  • 相手がイライラしているのは、私のせいなんじゃないか
  • 私って、人より細かくてめんどくさいって思われているんだろうな
  • 私ってストイックで頑張り屋、真面目でつまらないって思われているんだろうな
  • 私がしていることって、もしかして相手にとってはお節介?
  • 私って気分屋で、実は信用されていないんだろうな

 

ほとんど毎日、そして24時間、こんな言葉が私の心の中には飛び交っていました。

 気にしようとして意識しているわけではなく、「いつも自分に自信がなくて心配」な状態でした。

 仲の良い友達や自分のことをよく分かってくれる人と接するときは、少しだけ不安が和らぎますが、基本的に人と接するのには常に不安を感じていました。

 特に、LINEやメール、SNSのコメント返しなど直接会わないやりとりでは、相手の状況が分かりにくく、相手の文字をそのまま読むことが出来なくて、とても気疲れをしてしまいました。

 

 

 例えば…お互いの都合を合わせながら「会う日時を決める」やりとりが続いた最後に、相手からの「大丈夫だよ」という返信が来た時。

 私の中では何が起こっていたかというと、いくつかのパターンの「大丈夫だよ」が生まれてしまったり、そこからまた違う部分への心配事が生まれてしまったりしていました。


・長いやりとりがめんどくさくなって、
 「大丈夫だよ」で終わらせようとしているのかな?
(私が細かすぎてめんどくさかったかな、)


・相手が、私に気を遣って合わせてくれての
 「大丈夫」なのかな
(もしそれだったら嫌だなぁ、
 私が相手の気持ちを聞いてあげられなかったのかなぁ…)

 そして私がこんなにいろいろな事を考えていても、多くの場合相手の「大丈夫だよ」はやりとりの結果、快く出た「大丈夫」なんです。

 

 

 それも自分の中で分かっていましたので、こんなに気にしすぎている裏の気持ちは一切相手に伝えたり、それが分かってしまうような態度をとったりしないように、また気を付けていました。

 

 そして、どうしてもそれが隠し切れなかった時には、周りからは

「気にしすぎだよ~」(笑)

「みんなそんなに思ってないから!」

「そうやって真面目なのが、ゆうのいい所だよね(笑)」

 と、言葉をもらいました。

 

 私の中でまた1つ、「周りとは何か違う自分」が積み重なっていきました。こんなに周りが気にしない、ということは気にする私が違うんだ。

 

いつからか「周りと違う自分が、悪いんだ」って思うようになりました。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

実はこの「気にしすぎる人」、この後〇〇が「苦しい!」と感じるようになっていきます…。

 

Play Your Life!

 はじめまして!「ゆう」です。

数あるブログの中から読んで頂き、ありがとうございます。

最初の記事では、ご挨拶と、私の自己紹介を書こうと思います。

どんな人?

 私は4年制福祉大学で「社会福祉」「保育」「幼児教育」を学びました。資格としては、「社会福祉士」「保育士」「幼稚園教諭一種免許状」をもっています。

 また学生時代には「プレイパーク」という子ども達の自由な外遊びの活動で、ボランティアをしていました。(これは後に、社会人になってからの私のベースとなっています)

 その後、社会人になりいくつかの仕事を経験してきました。

 今までに関わってきた事業でいうと「児童発達支援事業の保育士」「重症心身障害児者入所施設の保育士」「学童保育指導員」「プレーリーダー」などです。

 ちなみに今、大学を卒業して8年目で、上記の仕事はそれぞれ2年とか1年半とかの期間です。

 

 このように一か所で同じ仕事を続けてきた期間は短いのですが、どの場所でどんな仕事をしていても、今に至るまでずっと大切にしていることがあります。

 それは「人が生きていくということは、身近な環境の影響を強く受ける」ということです。

 聞くと、とても当たり前の事のように聞こえますが、その「当たり前を当たり前に大切にし続けること」。それがなかなか、大変で大切なことなんだと思っています。

 

 ちなみに性格はわりと大雑把で、深く考えるよりも、「やってみながら得る感触から状況を把握したり情報収集する、そして調整しながら更にやってみる」みたいな人です。あまり細かいことにはこだわりません。良くも悪くもとにかくやってみる、体験で学ぶというか。

 作った結果よりも、作り続ける「途中」が好き。

 

 あとは人からはよく、「話しかけやすい」「元気だね」「等身大だね」と言って頂くことが多いです。

 好きなことや夢は、いろいろな所を旅していろいろな人や世界に出会ってみたい。音楽フェスやライブハウスでの小さいライブも好き。また畑で野菜を育てるのも好きだったり、自分で料理するのも好きだったりします。お酒や美味しい食べ物も好き。

 

 -今の夢は、「街中を遊び場にすること」!ー

Play Your Life!

 このブログのタイトルは、「Play Your Life」にしてみました。

Play Your Life!ー人生を遊べ!-ということです。

 

 それは、自分に近い経験をしてきた(している)人に向けてのメッセージでもあるし、私自身に向けてのメッセージでもあります。

 

 私は今、「遊ぶ」ということをこう捉えています。

 誰かとの出会いがあったり、自分の好きな環境に出会ったり、好きな事を見つけて没頭したり。もちろん嫌だな、と感じる事にも出会ったりしながら、自分自身を知っていくこと。

 時には自分で自分を認められない時もあって、でもそんな自分もいるんだ、と気付かされたりして。そして自分自身を好きになって、「もっと生きたい!」「もっと人生を楽しいものにしたい!」と感じる感じる事だと思っています。

 「遊ぶ」ってそういうこと、「生きる」ってそういうことなのかなぁって。

 あなたは、あなたの人生に胸を張って、
生きることを思い切り楽しんでいいんだよ
 そしてそれと同じくらい
私も私の人生に胸を張って、
生きる事を楽しんでいい

 そういう願いを込めたかったので、この名前にしました。

 

 これからこのブログでは、そう思うようになったきっかけや、今までの私自身の失敗も含めた体験、考え方や感じ方が変化してきた様子などをお伝えしていきたいと思っています。

 

 

 その代わり、ごめんなさい。「こうすれば幸せになれるよ」とか「前向きに生きる方法」という部分はまだあまり記事に出来ないかなぁと思っています。理由は、自分自身がまだその途中なので。

 

 ちなみにブログを書くのは初めてです。なのでWordpressやサーバー契約などもこれが初めてです。小さな「やってみたいな!」の気持ちから、分かりやすく解説してくださっている方のサイトやyoutubeで自分で調べてみて、学んだことを実践してみている。という感じです。

 便利な時代ですね。(感謝)

 

 それなので、初めの方はとっても記事デザインがとってもシンプルだったりするかもしれませんが、なるべく読みやすく、そして気持ちが伝わりやすい文章で書いていきたいな!と思っていますので、

 これからどうぞよろしくお願い致します(^^)/。