自分について分かり始めてきた頃のこと

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日もその、自分だけの記録ノートから書きます。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

良かったら、前回の記事「自己肯定観が下がった人の話」も読んでみてくださいね(^^)


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(ノートより)



 

自分で自分を信じられなくなった

 そしたら、自信を失った。


 自分を信じられなくなったのは、自分の感じ方が変わりやすいから。
1週間前のその時に必要だと思って人に言ったことと、今必要だと思ったことの優先順位が変わる。

 行動も変わる。

 
 人に何かを言うのが申し訳なくなって、人を振り回してしまいそうで。
人と一緒に何かをするのが怖くなった。


 人と一緒にいるのも、楽しくなくなった。

1人でいるのは、余計に寂しいし不安だ。


自己肯定観が下がった時に思うこと

・私が生きている理由をください。
・私はここに生きていますか?


 「死にたい」じゃなく逆に「生きたい」「生きたい」「生きたい」なんだ。

 今、生きてることになんの価値があるのか…とか思う前に、
そもそも自分が本当に生きてるかどうかを確かめたくなった。

 自分の心にわざと衝撃を与える。
そうやって生存確認。



 とにかくこの歳で。まだ良かった。
いろんな知識、事例を知ってしまっているから変なことしない。出来ない。



 逆に10代、20代のそういう辛さは、本当に死ぬか生きるか、むしろ心は死んで、毎日を必死に生きているんだと思う。

 

 思い返せば自分がその頃、やっぱり、そうだった。
死にたい死にたい、言ってたな。
ほんとは生きたいくせに。

 この経験も与えられたものなのか。

世界が違うんだな、

 

 堕ちてる、病んでる、という言葉を使う人もいるみたいだけど。

 あっちの世界に入ってしまうと、自分でも帰ってくるのがなかなか大変でね。しばらく時間がかかるの。


 で、帰ってくると「あれ?なんであんな状態だったの?」ってなる。
それがまた自分でも怖い。


 今は、(心が)生きてるから、言語化できてる。
けど、いつまたあっちの世界に行くかわからない。

環境の変化で、出てきた生きづらさ。

 それこそが自分らしさ、だと思ってる。
だから、変化の途中は苦しいけれど、自分と向き合って、それを否定しないようにしてる。


 敢えて言うなら、私はHSP/HSS。

 Highly Sencitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン、「人一倍敏感な人」)の中でも、Highly Sensation Seeking(ハイリー・センセーション・シーキング、「刺激をとても求める人」)の両方の特質をもつみたい。


 アクセルとブレーキを同時に踏んでる人。
環境の影響を受けやすく、敏感なくせに、刺激を求めている。


 なかなか生きづらい!!!!!!

 でも「今の自分」って、「個性」とか「障がい」とか「特質」とかで括らなくてもいい。


 自分はどんな時も自分。
自分以上でも自分以下でもない。

 
 人は一人一人違うこと、人は型にははまらない。
それを自覚して自信にすることが大事。


 今の「自分」はこんな人、どういう環境が心地よくて、どういう環境が辛くなっちゃって、っていう風に自分を知っていくことは大事。


大丈夫、 ゆっくり、でいいから。


誰かに何かをされた、とかじゃなくても

  自己肯定感が下がる場合もある。
「いったい何があったんだ?」と聞かれても、特には…覚えてない。


  でもこの日常のどこかに、自分なり辛いなぁーって思う瞬間があったはず。
まだそれに、気づけていないだけ。

 だから、なんか疲れる。
長い目で見たら、いまはそう変わってきた時期なんだ。


(ノートより、おわり)

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 なぜ、私が当時のこのノートを今になってブログにしているかというと、

 私自身の経験から、まず最初に苦しくてしんどいのは、自分が人よりも繊細な気質を持っている、ということに気付くまでの毎日だと思います。

 
 私の場合は、とても辛い時間の毎日を過ごしていた時に、唯一救いだったのが「ネットで他のHSPの人のブログや呟きを見ること」でした。

 同じ繊細さをもつHSPの人の体験を読むことで、私がまだ自分で気づけていない辛さや無理してしまう癖などに、気付かせてもらうことが多かったのです。

 また、何か自分の中で感じている感覚的な「辛さ」を表現することの出来る言葉を持つことが出来たのも、救われた点でした。



 このブログは、当時の自分を救うかのような気もちで書いています。

 
 人は、辛いと感じることやその時の回復の仕方、かかる時間などそれぞれに違います。その人の周りの環境やその人の人生のタイミングによっても違います。


あなたにとって良い形で、何か少しでも支えになれたら嬉しいです。



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