自己肯定観が下がった人の話

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日はその、自分だけの記録ノートから。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

 もしこのブログを読んでいるあなたが、今とても辛い気持ちで毎日を過ごしていても、少しずつ自分を知り、またこの世界とのバランスのとり方を学んでいけば必ずまた、安定した日々を過ごせる時が来ます。


 また、身近に人一倍敏感でなにか精神的に辛そうだ…という人がいる方へは、このブログが少しでもその人の感じ方を理解する一助になれたら、幸いです。

 
【今、自分が生きている意味が分からない人へ】

 あなたが今生きている意味は、あなたが幸せになるためです。

 あなたは、あなた以上でもあなた以下でもないのです。

 大丈夫。あなたは、しっかりと今を生きています。

ーーーーーーーーーーーーーー

(ノートより)

 

 自己肯定観が下がって、

自分の価値が分からなくなったとき、

自分の存在が無になりそうになった。

 

 食べたいものが分からなくなって、いろんなことが決められなくなって、話せなくて、笑えなくなった。

 

 それからフワフワと、実家に帰った。

 

 温かくて柔らかいご飯を、一緒にお腹いっぱい食べてくれた人がいた。

 欲しいものは好きなだけ、手に入れることを許してくれた人がいた。

 何も言わずに、抱きしめてくれた人がいた。


 励ましの連絡をくれた人がいた。

「大丈夫だよ」と、何度も何度も言ってくれた人がいた。

 

 話す意欲すらない私に、話したくなるような話題をくれた人がいた。

 私が丸一日中喋っているのを、ずっと聞いてくれた人がいた。

 「元気をつけなさい」とご馳走してくれた人がいた。


 ああ、私はここに生きていたんだなぁ。と思った。

人のおかげで、気付くことが出来た。




 自己肯定観が下がる原因は、確かにある。

 でも、自分の環境をどう捉え、どう感じるかは、自分次第だ。

 

自分の感情をどう扱うかも、自分次第だったのかもしれない。



 人のせいにしていたらその事に気付けないし、全てが楽しくなくなってしまう。
 

自分の人生なのに、そんなの嫌だ!!

このままじゃ私、死んじゃう。

 追い詰められた私は、たくさん考えて、少しだけ変われるかもしれないチャンスを2つ見つけた。


 1つめは、「人は一人では生きられない」ということ。

 今まで「傷つくから関わりたくない」と、人との関係を遮断した自分がいて、その状況がまた人の温かさを気付かせづらくしていたのだ。


 でも、その時にそういう行動をとっていたのはきっと防衛本能だったのだ。とも思う。そうでもしなければ、その時をやり過ごせなかったのだから。


 とにかく、人との関わりを断っては、人は自分の命の輝きすら分からなくなる。
それは本来、人間が「一人では生きられない生き物」で、人との関わり合いの間で生きていくものだからだと思った。




 2つめは、「人は不完全な生き物」だということ。

人は一人ひとり違う。
違いがあって当たり前で、むしろその違い自体が素晴らしいこと。



 だから、人を見て「出来ない自分」「同じになれない自分」に劣等感を感じる必要すらなかったのだ。


 それよりも大切なことは「不完全である自分」を自分で受け入れることだった。


それは間違い、とか出来てるではなくて、「それも自分」だし「これも自分」でいいんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー



 もし、このブログを読んでいるあなたが、今とても辛い毎日をすごしていたら、自分が生きていることを、感じられなくなっていたら。



 少しだけ周りに目を向けて、話を出来そうな人を見つけてみてください。

 そして、人と肌を触れ合ったり(手を繋ぐ、ハグするなど)、温かいご飯を一緒に食べたり、否定されずに話を聞いてもらったり、してみてください。


 傷ついた心を回復するためには、人の心や肌の暖かさを人と一緒に感じることが、大きな助けになってくれます。



 辛い時こそ遠慮なく、人の温かさをたくさん受け取ってください。

 あなたが生きている今は、あなたの幸せな未来に繋がっています。


 



 


 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です