自分について分かり始めてきた頃のこと

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日もその、自分だけの記録ノートから書きます。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

良かったら、前回の記事「自己肯定観が下がった人の話」も読んでみてくださいね(^^)


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(ノートより)



 

自分で自分を信じられなくなった

 そしたら、自信を失った。


 自分を信じられなくなったのは、自分の感じ方が変わりやすいから。
1週間前のその時に必要だと思って人に言ったことと、今必要だと思ったことの優先順位が変わる。

 行動も変わる。

 
 人に何かを言うのが申し訳なくなって、人を振り回してしまいそうで。
人と一緒に何かをするのが怖くなった。


 人と一緒にいるのも、楽しくなくなった。

1人でいるのは、余計に寂しいし不安だ。


自己肯定観が下がった時に思うこと

・私が生きている理由をください。
・私はここに生きていますか?


 「死にたい」じゃなく逆に「生きたい」「生きたい」「生きたい」なんだ。

 今、生きてることになんの価値があるのか…とか思う前に、
そもそも自分が本当に生きてるかどうかを確かめたくなった。

 自分の心にわざと衝撃を与える。
そうやって生存確認。



 とにかくこの歳で。まだ良かった。
いろんな知識、事例を知ってしまっているから変なことしない。出来ない。



 逆に10代、20代のそういう辛さは、本当に死ぬか生きるか、むしろ心は死んで、毎日を必死に生きているんだと思う。

 

 思い返せば自分がその頃、やっぱり、そうだった。
死にたい死にたい、言ってたな。
ほんとは生きたいくせに。

 この経験も与えられたものなのか。

世界が違うんだな、

 

 堕ちてる、病んでる、という言葉を使う人もいるみたいだけど。

 あっちの世界に入ってしまうと、自分でも帰ってくるのがなかなか大変でね。しばらく時間がかかるの。


 で、帰ってくると「あれ?なんであんな状態だったの?」ってなる。
それがまた自分でも怖い。


 今は、(心が)生きてるから、言語化できてる。
けど、いつまたあっちの世界に行くかわからない。

環境の変化で、出てきた生きづらさ。

 それこそが自分らしさ、だと思ってる。
だから、変化の途中は苦しいけれど、自分と向き合って、それを否定しないようにしてる。


 敢えて言うなら、私はHSP/HSS。

 Highly Sencitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン、「人一倍敏感な人」)の中でも、Highly Sensation Seeking(ハイリー・センセーション・シーキング、「刺激をとても求める人」)の両方の特質をもつみたい。


 アクセルとブレーキを同時に踏んでる人。
環境の影響を受けやすく、敏感なくせに、刺激を求めている。


 なかなか生きづらい!!!!!!

 でも「今の自分」って、「個性」とか「障がい」とか「特質」とかで括らなくてもいい。


 自分はどんな時も自分。
自分以上でも自分以下でもない。

 
 人は一人一人違うこと、人は型にははまらない。
それを自覚して自信にすることが大事。


 今の「自分」はこんな人、どういう環境が心地よくて、どういう環境が辛くなっちゃって、っていう風に自分を知っていくことは大事。


大丈夫、 ゆっくり、でいいから。


誰かに何かをされた、とかじゃなくても

  自己肯定感が下がる場合もある。
「いったい何があったんだ?」と聞かれても、特には…覚えてない。


  でもこの日常のどこかに、自分なり辛いなぁーって思う瞬間があったはず。
まだそれに、気づけていないだけ。

 だから、なんか疲れる。
長い目で見たら、いまはそう変わってきた時期なんだ。


(ノートより、おわり)

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 なぜ、私が当時のこのノートを今になってブログにしているかというと、

 私自身の経験から、まず最初に苦しくてしんどいのは、自分が人よりも繊細な気質を持っている、ということに気付くまでの毎日だと思います。

 
 私の場合は、とても辛い時間の毎日を過ごしていた時に、唯一救いだったのが「ネットで他のHSPの人のブログや呟きを見ること」でした。

 同じ繊細さをもつHSPの人の体験を読むことで、私がまだ自分で気づけていない辛さや無理してしまう癖などに、気付かせてもらうことが多かったのです。

 また、何か自分の中で感じている感覚的な「辛さ」を表現することの出来る言葉を持つことが出来たのも、救われた点でした。



 このブログは、当時の自分を救うかのような気もちで書いています。

 
 人は、辛いと感じることやその時の回復の仕方、かかる時間などそれぞれに違います。その人の周りの環境やその人の人生のタイミングによっても違います。


あなたにとって良い形で、何か少しでも支えになれたら嬉しいです。



自己肯定観が下がった人の話

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日はその、自分だけの記録ノートから。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

 もしこのブログを読んでいるあなたが、今とても辛い気持ちで毎日を過ごしていても、少しずつ自分を知り、またこの世界とのバランスのとり方を学んでいけば必ずまた、安定した日々を過ごせる時が来ます。


 また、身近に人一倍敏感でなにか精神的に辛そうだ…という人がいる方へは、このブログが少しでもその人の感じ方を理解する一助になれたら、幸いです。

 
【今、自分が生きている意味が分からない人へ】

 あなたが今生きている意味は、あなたが幸せになるためです。

 あなたは、あなた以上でもあなた以下でもないのです。

 大丈夫。あなたは、しっかりと今を生きています。

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(ノートより)

 

 自己肯定観が下がって、

自分の価値が分からなくなったとき、

自分の存在が無になりそうになった。

 

 食べたいものが分からなくなって、いろんなことが決められなくなって、話せなくて、笑えなくなった。

 

 それからフワフワと、実家に帰った。

 

 温かくて柔らかいご飯を、一緒にお腹いっぱい食べてくれた人がいた。

 欲しいものは好きなだけ、手に入れることを許してくれた人がいた。

 何も言わずに、抱きしめてくれた人がいた。


 励ましの連絡をくれた人がいた。

「大丈夫だよ」と、何度も何度も言ってくれた人がいた。

 

 話す意欲すらない私に、話したくなるような話題をくれた人がいた。

 私が丸一日中喋っているのを、ずっと聞いてくれた人がいた。

 「元気をつけなさい」とご馳走してくれた人がいた。


 ああ、私はここに生きていたんだなぁ。と思った。

人のおかげで、気付くことが出来た。




 自己肯定観が下がる原因は、確かにある。

 でも、自分の環境をどう捉え、どう感じるかは、自分次第だ。

 

自分の感情をどう扱うかも、自分次第だったのかもしれない。



 人のせいにしていたらその事に気付けないし、全てが楽しくなくなってしまう。
 

自分の人生なのに、そんなの嫌だ!!

このままじゃ私、死んじゃう。

 追い詰められた私は、たくさん考えて、少しだけ変われるかもしれないチャンスを2つ見つけた。


 1つめは、「人は一人では生きられない」ということ。

 今まで「傷つくから関わりたくない」と、人との関係を遮断した自分がいて、その状況がまた人の温かさを気付かせづらくしていたのだ。


 でも、その時にそういう行動をとっていたのはきっと防衛本能だったのだ。とも思う。そうでもしなければ、その時をやり過ごせなかったのだから。


 とにかく、人との関わりを断っては、人は自分の命の輝きすら分からなくなる。
それは本来、人間が「一人では生きられない生き物」で、人との関わり合いの間で生きていくものだからだと思った。




 2つめは、「人は不完全な生き物」だということ。

人は一人ひとり違う。
違いがあって当たり前で、むしろその違い自体が素晴らしいこと。



 だから、人を見て「出来ない自分」「同じになれない自分」に劣等感を感じる必要すらなかったのだ。


 それよりも大切なことは「不完全である自分」を自分で受け入れることだった。


それは間違い、とか出来てるではなくて、「それも自分」だし「これも自分」でいいんだ。

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 もし、このブログを読んでいるあなたが、今とても辛い毎日をすごしていたら、自分が生きていることを、感じられなくなっていたら。



 少しだけ周りに目を向けて、話を出来そうな人を見つけてみてください。

 そして、人と肌を触れ合ったり(手を繋ぐ、ハグするなど)、温かいご飯を一緒に食べたり、否定されずに話を聞いてもらったり、してみてください。


 傷ついた心を回復するためには、人の心や肌の暖かさを人と一緒に感じることが、大きな助けになってくれます。



 辛い時こそ遠慮なく、人の温かさをたくさん受け取ってください。

 あなたが生きている今は、あなたの幸せな未来に繋がっています。


 



 


 


自己肯定観が下がりやすいHSP

 「自己肯定観」が下がるのは、HSPの気質を持つ人に限らず、誰にでも起こり得ることです。人間は環境の質に影響を受けながら生きていますから。

でも、HSPの気質を持つ人は、非HSPの人よりも下がりやすい傾向にあります。

 なぜなら、人よりも感じ方がとても繊細だから。

外界に対しても繊細だし、自分自身の内面に対しても先生な変化を感じ取ります。

 

私は、自分がHSPだと気づくまで、自分が疲れやすい気質であることにすら、気付いていませんでした。なぜなら、自分にとってはそれが「普通」だったから。

 なので、「疲れやすい自分」を大切にすることを、あまり意識していませんでした。

人からは良く、「ゆうは頑張りすぎるんだから、自分を大切にしなー」と言われていましたが、「自分を大切にする」の感覚が、実は良くわからなかったのです。

 そして自分の特性を分かっていなかったので、「休もう、リフレッシュしよう」として、どこかに出掛けたり人とお茶をしたりして、結果的に更に疲れていました。

(これについては、記事「私の休み方」で詳しく書いていますので読んでみてください)

 そして、「なんで自分が、こんなに些細なことでも気にして疲れるのか分からない」状態でした。

 そこから、「すぐ刺激を受けたり気にしてしまう自分は弱いんだ」と、自分の事を嫌いになりました。

 人が「頑張りすぎだよ」「気にしすぎだよ」と言ってくればくるほど、自分が否定されているような気がして、それが辛いのでどんどん人から離れていこうとしました。

(相手は私のために良かれと思って言ってくれていることなのに…)

 素直にそれを受け入れられない、そんな自分が自分で大嫌い。と思いました。

人が悪いんじゃない、自分が悪いんだ…と、どんどん自己肯定観が下がっていく時期がありました。

集団の中で仕事をするのが辛かったときのこと

 こんにちは、人生を遊ぶように生きたいゆうです。

 

 今、私はフリーランスとして仕事をしているのですが、そういう働き方を選んだ理由は、「そのほうが、より自分の感性を輝かせながら仕事することが出来る」と思ったからです。

 

 私は、いろいろな人が集まる会社の一員として働いていた時、その業務の内容以外で、他のスタッフとの連携やコミュニケーションの部分で、何度も辛い思いを感じていました。

 

 常勤という立場で週5日勤務だったため、その日に消耗した精神をうまく回復出来ないまま翌日も仕事に行くことが多く、実は日に日に精神的な疲労が溜まっていくのが辛かったです。

 

 一人暮らしで家に帰って話す人もいなく、かと言ってそんな内容を友達に電話したりLINEで聞いてもらう体力もなく…

 心の内を吐き出さないともう何も入ってこなくなってしまうので、その時の気持ちをよくノートやSNS(自分のみに公開)に記録していました。

 

今日は、その時の記録を元にした記事を書きます。

 今は毎日自分の楽なペースで過ごしているので、当時のものを読むと、「相当追い詰められていたんだなぁ」と感じます。

 そして、きっとその時にしか書けない感覚がたくさん詰まっているので、これも今の私を作るために、必要な時間だったのだなぁと思います。

以下、当時の記録です。

「それぞれのつもりがあって」

 現場など、「チームワーク」でやってることって、それぞれの人の「つもり」がある。

 連携がうまくいかない時はぶつかり、誰かが「間違っていた」ことに気付き改めることになる。

 そういう時よくよく話すと、1つの事に対する捉え方が私含めてまるで全員違っていて、それぞれの「つもり」でやっていることがある。

 Aさん:「なぜ私に共有しないで勝手に進めちゃうの?私も把握して一緒にやるつもりだったのに」

(感情…想定しない事態への驚き、寂しい、悲しい、疎外感、怒り)

 

Bさん:「Aさんには得意な分野に集中してもらえるように、こっちは私達でやるつもりだったの」

(感情…配慮、気遣い)

 それぞれのつもりはどちらも間違ってはいなかったのに、お互いにそれを知ることが出来なかったためにすれ違いが起きてしまった。連携がうまくいかない、辛い。

マニュアル通りの作業がないこの仕事では、スタッフそれぞれの人間性が良く出る。

こういう場面で、意外と本心を言えない私は、たくさん潰れてきた。

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「つもり」は目には見えない。

「つもり」は言葉にしないと、相手には伝わらない。

1日の途中で、その「つもり」をなるべく丁寧に話したり聞いたりしたい。

 そうすれば、相手を否定することもない。

 相手に合わせて自分を否定することもない。

相手に〇

自分にも〇

と言えた時、そこにはとても安心出来る関係性が築けるんだろうなぁ。

 

HSPの私の休み方

 昨日は、強い圧の人の影響を受けて、家に帰った時にはぐったりしてしまいました。

相手は良かれと思ってしていることなので、相手を傷つけてしまうのではないかと思い「嫌だ」が言えず、私のほうが我慢してしまいました。

「あなたはそうなのね」「私はこうなのよ」と言えたら楽だったのですが。。。

今日は回復する日

 そんなわけで、今日は何もせず、精神を回復する日にしました。

「何もしないで休む」というと、人によっていろんな休み方があると思います。

 HSPさんは、刺激による疲労を回復するのに、少し時間がかかります。

今まで「休みの日」となると、私はリフレッシュしようと思い、どこかへ出かけたり料理や頭の中にある考えを具体化してみたりと、やりたことをやっていたのですが、

最近はそういった「やりたいことをやる」のでも、また感性が刺激されて感動したり新たなアイディアを閃いたりしてそれもまた刺激になってしまうんだなぁと気づきました。

 あと、物事のタイミングを図りながら進めるのがうまいので、休みの日でも「これを少しやっておけば次が楽」と思い、ついつい事務連絡などの作業をしてしまいがちでした。

 結局、うまく休めず、疲れは取れず…。

 なので、今日の私は時間の流れとか、やるべきタスクとかタイミングとか一切気にせずに、まず自分が楽に過ごせる時間を過ごそうと思いました。

自分の心の声を聴く

 今日はたくさん寝て、お昼ごろ起きました。

そこから、朝(昼?)ごはんに、カフェオレを飲みました。

しっかり食べなきゃ、とか気にしません。

 そのあとしばらく何もせず、「今日の私はどうしたい?」と自分の心に聞きました。

・人との連絡をとりたくない

・何も考えたくない

・あまり動きたくない(座っているのも出来れば嫌だ)

と心が言っていたので、携帯を近くから手放し、ソファーに寝っ転がって、そこから夜19時過ぎくらいまで、録画していた番組をずーっと見ていました。映画を一本、旅番組を2本。これは頭や心が疲れませんでした。

 途中、お腹がすいたので、16時くらいにそうめんを茹でて食べました。

それに伴い、自然と夕飯は22時くらいになりました。

 こんな感じで、今日は起きたい時に起きる、やりたいことをやるしやりたくないことはやらない、食べたい時に食べる。という過ごし方をしました。

これが今日の私の「休み方」

心を遊ばせるように、過ごすこと。

 おかげで、夜にはずいぶん心は回復しました。

また明日から、出来るだけ自分に無理をしないように生きていきたいと思います。

 

 

とはいえ避けられない

 社会は人の関わり合いで出来ていて

人間は誰も自分1人の世界で生きていない。

 生きている限り、必ずだれかと交わる。

 自分が辛くなる状況を分かっていても

社会の何かに属しているとどうしても避けられない時もある。

 今日は、どうしても避けられず自分を消耗してしまいました。

強い圧を受け、我慢し続けてしまったので

いつもの生活の光も、音も、匂いもいろんな刺激が

今日はもう入りません。と身体が言っています。

こんな時は、無になりたい。

何もせず、素直に休みます。

自分を知ること

 自分がHSP(人一倍敏感な人)だと知ると、「HSPだからこう」とか「私はHSPなんだ」と、思ってしまいがちです。 でも、そうやって自分で自分を責めることはしなくて良いんですよ。

 大切なことはHSPはその人の素晴らしい特性の1つであって、「私の存在自体がHSP」というわけではないということです。HSPであることを、自分らしく生きていくために最大限に生かしていきましょう。




  HSPさんは、環境の影響を受けやすかったり、その高い共感性から人の思いを感じ取りやすかったりするので、「人との境界線が薄い」と言われています。

  そして、自分の心や身体の状態に気づきづらいため、実はとても自分を消耗していることに気づかないまま過ごしていることが多いです。

 でも、せっかくの自分の人生の時間、自分が幸せになるよう、輝かせて行きたいですよね。 自分こそ、自分の1番の味方になっていってあげましょう。

 そのためには、自分自身の内面に目を向けて、自分をよく知ってあげることが大切です。

自分を知ること

 例えば、「時間」に関して。

この記事を読んでいるあなたが、HSPさんだとしたら、あなたが物事に集中したり、人と一緒に何かを取り組める時間は何時間ですか?

 だいたいでもそれが分かっていれば、長時間の行事や人と会うときに「あ、私はそろそろ疲れてくるな。ここで1回休憩を入れよう」と、意識的に自分に無理をさせない過ごし方が出来ます。

 休憩は、例えばトイレなど別の場所に行ってみたり、目を閉じて深く深呼吸をしてみたりすると良いですね。

 HSPさんにとっては、無理して相手に合わせて一緒に居るということが辛く精神をすり減らしてしまうのです。

 この、意識的に「自分をコントロール出来ている」ということが、人との境界線を強くし自分の感覚を保ちやすくなります。

 ちなみに、私の場合は人と居れるのがだいたい3~4時間くらいかな。と最近思っています。

 

また、「自分が追求しがちなこと」についても、知っておくと楽になれます。

 HSPさんは、細かなことに気づくため、感覚1つですらとても正確さを追求することがあります。 それも、感覚的に反応してしまうことなので、無意識であることが多いです。

 例えば 、

・言い方や言葉の使い方に拘るのか

・文章の文字に拘るのか、相手の声の調子に拘るのか

・物事の運び方やタイミングに拘るのか

などです。

 これらのことで「ん?」と違和感を感じたり、理由もなくなぜか自分だけイライラしてしまったりすることがあれば、 「あぁ、私は今ここに気づいて違和感を感じているんだな」と、まずは自分を客観視してあげると良いと思います。

 一度悲しかったり辛い感情に飲み込まれてしまうと、なかなか気持ちの切り替えが出来なくなってしまうんですよね。 そうすると、その後の予定も全部自分のペースが崩れていってしまう時もあります。

 自分を客観視出来れば、「私=感情そのもの」ではなくなるので、 「ああ、今はイライラしている私が、(何かを)やろうとしているな」→だから、少し落ち着こう。と対処することが出来ます。

 自分を知るということ。

 それは「HSPについて知る」のではなく、 HSPをきっかけに自分自身に目を向けてあげること。

 そして、特に自分の苦手なことを知っておいてあげることが、HSPさんの生きやすさに繋がることだと私は思っています。

子どもにとって「環境」ってなんだろう?

 以前facebookに投稿した記事の中で、反響があったので書きます。

 子どもの成長に関わる仕事をしている人や、遊び、体験活動などに関わる仕事をしている人はよく、「子ども」についてだけじゃなく、「その子の周りにある環境」について考えたり、アプローチしていくこともあります。

 現在はフリーランスのプレーリーダーである私ですが、今までに以下の仕事をしてきました。

1.児童発達支援事業 保育士

…小学校就学前の障がいをもつ子どもの、生活や保育を通した発達支援

2.放課後等デイサービス 保育士

…障がいをもっていて、特別支援学校や通常学校の特別支援クラスに通っている小学生や中学生の放課後の時間の生活支援や発達支援

3.重症心身障害児者入所施設 保育士

…精神的・身体的に重度の障害を持つ障害児者生活の場として入所している施設で、食事・排泄・入浴などの生活支援や保育活動

4.学童保育 指導員

…親が仕事で帰宅が遅いなどの理由で、放課後学童保育に通う小学生の生活面の支援や心のサポート

5.常設プレーパークのプレーリーダー

…誰もが来れる地域の自由な遊び場で、子ども達のやってみたい遊びの実現や親子の外遊びを支えたり、話を聞きながら心の居場所をつくる

こんな子ども達に出会ってきました

・言葉を喋ることは出来ないけれど、遊ぶ中でその日の気分や主張を表現したり、人との関わりを楽しむ子。

・自分で動くことは出来ないが、人に触れてもらったり話しかけてもらうことで感情が素直に表情に表れる子。

・「学校に通う」以外の選択をし、自分が本当に心が向く事、自分が過ごしやすい時間の過ごし方で生活することで、自分の内面を知り生きている実感を取り戻した子

・学校が終わった後に、様々な複雑な気持ちやストレスを感じながら、自分の家に帰るまでの時間を待つ子

・やってみたいと思ったことを、大人の視点を入れず自分なりにやって見ながら、道具の使い方や友達との協力の仕方、試行錯誤や工夫をみつけていった子

いろいろな「子どもに関わる仕事」がありますよね。

 そこで、「子ども」を見ているだけでは改善出来ない問題があるということを経験してきました。

子どもにとっての環境いろいろ

・そこにいる大人の考え方や大人との関係性

・そこにある物や設備

・その場の決まり

・その場に関わる大人の体制(人数や時間)

・他の子との関係性

・時間的制約

・親の存在

などです。

 「大人の考え方」が子どもにとっての環境になるというのは例えば、子どもが何か興味を持ってやろうとした時に、近くに居る大人が「まだあなたには早いからダメ」や「こっちをやってからにしなさい」と言うのか。

それとも「やってごらん」と言うのか。

 それによって、子どもが経験することが出来ることの内容や質が変わってきてしまうのですね。そう考えると、「大人」という存在も、子どもにとっては大きな「環境」なんだなぁ、といつも思っています。

そこにある環境は、変えていくことが出来る。

 施設の物や決まり(ルール)、そこで仕事として働く大人の人数や施設の時間などは、なかなか簡単には変えることが出来ませんよね。

 しかし、そこに居る大人の考え方や、子どもに対する見守り方の姿勢、関わり方などは、「何を大切にしたいか」によって変えていく事が出来ます。

また、一人で変えることが難しければ、他の誰かに相談したり話し合ったりしながら、大人にも共に考える仲間を作ることが出来ます。

プレーパークとは

 子どもにとっての遊び環境が、より自由なものとなるように考えられた遊び場があります。それは「プレーパーク」というものです。

そこでは、

「子どもの遊びの時間は子ども自身のもの。大人は、子どもが遊びの中で自分なりにいろいろなことに挑戦していく時間を、手出し口出し先回りせずに、見守る役割。そして子どもがやりたいことで手助けが必要なことがあれば、それを支える。遊びの中で経験していく失敗や成功、試行錯誤や工夫などが全部、子ども自身の経験となるように支えていくこと」

を大切にしています。

これも「大人の考え方」による環境の作り方の1つです。

今回は「環境は変えていく事が出来る」という事について書きました。

プレーパークについて、また別の記事で詳しく書いていこうと思います。

 

 

 

HSPを初めて知ったとき。

 人と一緒にいると、その時は楽しく過ごせるけれど、

家に帰ると、なんだかぐったり動けなくなってしまう。

 自分の中では普通に「こう」と思うことが、どうも自分だけ人と合わなくて困ることがある。

 威力のある人、イライラしている人、がいるとなぜか自分までその気持ちになってしまう。

 基本的に相手優先、気付くと自分のことは後回し。

 何かをしながら、常に人や場所の事を考えていて、1日の中で自分に意識を向ける時間が全くなかった!なんてことも日常茶飯事。

 周りの雰囲気に合わせる事が出来るが、その代わり「自分」がどっかにいってしまったような感じがする。

 とにかく、なんか自分は人と違う!

普通の日々を生きていくことが、ただそれだけで辛すぎる。

 もしかして私、実は発達障害をもっているのかな。

毎日そう思うようになってから、1年半ほど経っていた頃…

たまたま、HSPという言葉に出会った。

 

 きっかけは、仕事に関連して子どもの「感覚統合」について勉強していた時。

私はネットで「感覚統合」「子どもの感覚」「うまく適応できない」などのキーワードで、いろいろと調べていました。

 (うまく適応できないのは、辛いよなぁ…、なんだか分かる気がする)なんて思ってながら。

そしてふと、

「HSPーhighly sensetive personー(人一倍敏感な人)」という文字に目が止まり、何気なくページを開いてみると、そこには「チェックリスト」なるものがありました。

【HSP簡易チェックリスト】

1.自分を取り巻く環境の微妙な変化によく気づくほうだ

2.他人の気分に左右される

3.痛みにとても敏感である

4.忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋など、プライバシーが得られ、刺激から
  逃れられる場所にひきこもりたくなる

5.カフェインに敏感に反応する

6.明るい光や強い匂い、ざらざらした布地、サイレンなどの音に圧倒されやすい

7.豊かな想像力を持ち、空想に耽(ふけ)りやすい

8.騒音に悩まされやすい

9.美術や音楽に深く心動かされる

10.とても良心的である

11.すぐにびっくりする(仰天する)

12.短時間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう

13.人が何かで不快な思いをしているとき、どうすれば快適になるかすぐに気づく
   (たとえば電灯の明るさを調節したり、席を替えるなど)

14.一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ

15.ミスをしたり、物を忘れないようにいつも気をつける

16.暴力的な映画やテレビ番組は見ないようにしている

17.あまりにもたくさんのことが自分のまわりで起こっていると、不快になり、神経
    が高ぶる

18.空腹になると、集中できないとか気分が悪くなるといった強い反応が起こる

19.生活に変化があると混乱する

20.デリケートな香りや味、音、音楽などを好む

21.動揺するような状況を避けることを、普段の生活で最優先している

22.仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を
    発揮できない

23.子供のころ、親や教師は自分のことを「敏感だ」とか「内気だ」と思っていた。

以上の質問のうち12個以上に「はい」と答えた場合はおそらくHSPに該当するとおもわれます。また、たとえ「はい」が1つか2であっても感受性の度合が極端に強いのならHSPに該当するかもしれません。

(出典:「ささいなことにも動揺してしまうあなたへ」)
(著者:エイレン・N・アーロン)

 驚いたことに、ほとんどが私の状態に当てはまり、

「私はこれだったのかーーーーーーーー!」と、1人アパートで叫んだのを今でも覚えています。

 それからまた何日間か、HSPについての情報を貪るように夢中で拾い集め、本も買って読んでみたりして調べれば調べるほど、「なんだ、私が変な訳じゃなかったんだ!」と確信出来るようになりました。

HSPーHighly sensetive personー
(ハイリ―・センシティブ・パーソン)
人一倍敏感な人

 

 HSPとは「人一倍敏感な人」と言われます。

アメリカの心理学者エレイン・N・アーロン博士が提唱した概念です。

 人口の2割くらいの人が、この「HSP」の気質を持つと言われていますが、日本人の場合はその「調和を重んじる」国民性から、それよりも多い割合でいると言われています。

 2割ということは、5人いたらそのうち1人がHSP。少数派ですね。

 そしてこのHSPは、病気でも障害でもありません。

人が生まれながらにして持っている「気質」のことです。

 日本では、まだあまり知られていないため、自分がHSPだという事に気付かないまま日々「生きづらさ」を感じている人が多くいます。

 最近では少しずつ耳にするようになってきましたが、医学的根拠などはないため、医者の中でも知っている人がまだ少なく、抑鬱症状などから精神科などを受診してもHSPの可能性までたどり着けないこともあるようです。

 私は自分がHSPだと知ったことで、今まで自分が感じていた違和感や生きづらさに理由が見つかり、精神的にとても救われました。理由とその特徴が分かれば、少しずつ対処することは出来ますからね。



 自分がHSPと知るまでの期間のほうが、まるで出口のない、希望の見えない長いトンネルのようでとても辛かったです。

 

 

 

 

 

「気にしすぎる人」、〇〇が苦しくなる。

 こんにちは!

人生を遊ぶように生きたい、ゆうです。

 今日は、「気にしすぎる人」だった私が〇〇が「苦しい!」と思うようになったときのお話しをしますね。

 

 前回の記事で書いたのですが、私はもともと「人の反応」や「人や場所の雰囲気」、「人よりも細かくて深いところ」が気になってしまい、不安になりやすい人でした。

「私、【気にしい】なんだよなぁ…」って、いつも自分で思っていました。

 

 思い返せば、小学校や中学校の部活の時は、男の先生がいるだけでその空間が怖くて委縮し本当の力が出せなくなってしまったり、高校になると塾の厳しい男の先生が怖くて質問したくても話しかけることが出来なかったり。

 

 頑張って話しかけても、緊張からか途中で自分が何を言っているか分からず支離滅裂になっていました。

 

 他の女の子の友達はみんな普通に話しかけることが出来ていて、楽しそうに笑っているのに、私はなんで出来ないんだろう…って思っていました。

 

 

 あと、高校くらいの時から、人といると常に何かを気にしてしまう自分がいて疲れてしまうので、本当に息の合う友達といる時以外は、

基本的にいつも「一匹オオカミ」でした。

 寂しかったけど、そのほうが自分の心が楽だったのです。

 

 社会人になるまでに、私の中ではきっと、もっともっとたくさんいろいろな事を感じていたのだけれど、気にしすぎていたら毎日が辛くて仕方がなくなってしまうので、出来るだけ「忘れよう、忘れよう!」「気にしない、次はきっといいことある!」と思うようにしていました。

 

「気にする」がいよいよ「苦しい」になった。

 それは、社会人になって仕事というものをするようになった時。

 

 私は、転職を7年間のうちに3回しています。

  初めての転職は、人間関係に疲れて居られなくなってしまったから。

 2回目と3回目は、みんなとても良い人達だったけど、私はもっとスキルアップをしたくなってしまったからです。

 3回目の転職の時に、初めて一人暮らしをしました。

 対人援助の仕事なので基本的には相手のニーズに合わせ、相手がより良い環境で過ごせるように支援する仕事です。

 

 

 

 私の「他の人は気付かないような細かい所や、人の背景にある感情などをとても気にしてしまう」という嫌だった部分は、こと仕事となると、とても役に立ちました。

 

 相手の表面化して出てきた言葉だけじゃなく、表情や行動、などの様子から背景にある事を察したり、察してもそれは相手が乗り越えるべき課題かどうか(今は、敢えてやってあげないほうが良いのか)など考えながら、状況と駆け引きしながら判断することが出来ました。

 

 とにかく常にいろいろな所に神経を研ぎ澄ませていました。

それも意識的に、というか自然と出来てしまうのです。

 

 そして仕事中は自分をセーブすることなく、状況が分かれば分かるほど、今必要と思われる仕事をやってしまいました。

 

 おかげで、相手(利用者さん)の心により共感することが出来たり、他の人には言えない本音を漏らして頂ける存在になれたり、仕事をしていても、私も嬉しい瞬間にたくさん立ち会わせて頂きました。

 定時で終わることはあまりなく、毎日遅くに帰ってそこから1人で夕飯作り。

 しかしこんな感じで1日人と接し、精神的に疲れているので、気力もありません。

 

 適当なものでとりあえず、お腹を膨らませていました。

 それこそ、カップラーメンとか牛丼ならまだ良いほうで、ジュースとかスープとかでいいや。という日もありました。自分のためにご飯を作って、食べるのが面倒臭かったのです。

 「自分なんか、ご飯を食べる価値もない」

今思うと怖いくらいに精神的に憔悴しきっていて、本気でそう思うようになっていました。

そして、早く寝ようと思っても今度は寝る事が出来ないのです。

 1日「人のため」と考え仕事してきた私の心は、「まだ今日の自分を生きていないから、寝れない!」と叫んでいました。

少しでも楽しい感情を求めてyoutubeを漁って見て、気付けば2時半…。

 寝不足で疲れが取れないまま翌日の仕事に行く、という日が続きました。

そして、仕事モードになるとまた、精神を研ぎ澄ませていました。

一番辛かったのは仲間と感覚が合わないこと

 精神的な疲労が溜まっていったのも辛かったのですが、

何よりも辛かったのは、そんな感じで私の感覚が他の人よりも鋭いところがあったので、

意見交換をしようと話し合いをしても、今大切にしたいことがなかなか噛み合わないのです。

 その人の事が嫌いなわけじゃないのに、うまく方向性を合わせることが出来ない。でも、チームでやっている仕事だから「一匹オオカミ」みたいに一人で自由にやる訳にもいかない。

 一生懸命、周りに合わせようとしないと、当時の私は集団の中では仕事していけませんでした。

このあたりから、「自分」というものがどこかに行ってしまったような気がして、自分を生きている感覚がなくなってしまいました。

 「気にする」を自分の中でもごまかしきれなくなくなって、毎日「生きていること」そのものが「苦しい、苦しい、苦しい!」しかありませんでした。