自己肯定観とは


 私たちはよく、「自己肯定観」という言葉を使いますが、それって一体何なのでしょうか?

「自己肯定観が下がった・・・」

「あの人は自己肯定観が高いよね」

人はよくこんな風に言いますが、自己肯定観の意味を「自信がある状態」と言う意味で使っている人は多いのではないでしょうか?

 かつての私自身もそうでした。

(私は自己肯定観が低い…)

(あの人はいつも自己肯定観が高く(見え)ていいなぁ…自分に自信があるんだろうなぁ)

と思っていました。
しかし、自己肯定観について学ぶうちに、それは違うのだという事に気付きました。

自己肯定観とは

それは、「自分が自分についてどう考え、どう感じているか」によって決まるもの。

自分の価値に対する感覚であり、本来誰もが持っているものです。


私たちが、「自分には生きる能力があり幸せになる価値がある」
「未来には、きっといいことがある」と信じることができるのは、
自己肯定観がその思いを根底で支えているからです。

引用:何があっても「大丈夫。」と思えるようになる
自己肯定観の教科書 中島輝 著


自己肯定観とは、何かが「出来た時の自分」だけでなく、「出来ない時」も含めてそのままの自分でいいんだ。と思えることです。

これも自分、そしてまた違うこれも自分、という風に、いろんな自分に対してありのままを認められる事。
それが出来ていると、周囲からの批判や刺激に対しても、自分の軸がブレずに自分なりに状況をとらえ直すことが出来ます。

また、何かトラブルがあってもそこで感情に飲み込まれず、ぐっと気持ちを切り替えて、解決策を模索することが出来るのです。

それが、自己肯定観が高く安定している状態と言えます。



あなたの今の自己肯定観は?

次の12の質問に答えることで、あなたの今の自己肯定観の状態が分かります。

〇か×で答えてみてください。

【自己肯定観チェックシート】

1.朝、鏡を見て自分の嫌なところを探してしまっている

2.SNSを開くたび、人からの「いいね」を待っている自分がいる

3.職場や学校、家庭でちょっと注意されると、深く落ち込んでしまう。

  立ち直るまでに時間がかかってしまう。

4.自分のペースを乱されると、些細なことでもイラッとしてしまうことがある。

5.ふとしたときに「無理」「忙しい」「疲れた」「どうしよう」「嫌だ」「つらい」といったネガティブな言葉がこぼれている。

6.「ねば」「べき」と考えてしまい、行動を起こせない

7.上司から言われた何気ないひと言が気になって。こだわってしまう

8.やるぞと決めても、まわりの人の目が気になり、躊躇してしまうことがある。

9.出かける前、1日を過ごす服選びに悩んでしまう。

10.一度決めたことなのに、本当にこれでいいのかなと悩むことがある

11.新しいことに挑戦したいなと思っても、「どうせ」「自分じゃな」と、勝手に限界を決めてしまっている

12.電車から降りるときやエレベーターに乗るとき、ノロノロしている人にイライラしてしまう

引用:何があっても「大丈夫。」と思えるようになる
自己肯定観の教科書 中島輝 著



 いかがだったでしょうか?

12個の質問のうち、〇が10個以上の場合、あなたの自己肯定観は今かなり低い状態になっていると言えます。

ちなみに、私の場合、1年前は11個〇がついていましたが、今は4個です。

自己肯定観は、どんな心の痛みや経験をした人でも、
何歳からでも後天的に育てていく事が出来るのです。

 

 


HSS型HSPの私が交流会に参加すると・・・


 先日、子どもの遊び環境についての講座が2日間あり、2日間とも参加してきました。


 全国から様々な活動をしている方や学ぶ意識の高い方が集まるので、会場はとてもエネルギーに満ち溢れていました。

 そこで、また1つ自分について気付くことが出来るきっかけがあったので、今回はそれについて書きます。


明確な関心事があるかどうかで、自分の状態が変わる

 

 セミナーの時間は、途中10分休憩を入れながらの、5時間ほどの学びの時間でした。

 私は興味があることだと、何時間でも集中力を切らさないで取り組み続けることが出来ます。これはHSS型HSPの人には多い特質のようです。

 今回のセミナーは、私が以前からとても興味のある内容だったので、とても集中して話を聞き続けることが出来ました。

 その後は、希望する参加者で食事をしながらの交流会がありました。
参加人数は50名以上はいたと思います。

 私も、(ゆる~く交流したり、なにか情報交換が出来ればいいなぁ)と軽く思い、参加しました。セミナーの時間のように、自分の中で特に「明確な関心事」はなかったのです。


 最初は近くにいる人と「普段どんな活動をしているんですか?」と話したりしていました。

 しかし、途中から急に、私の中でその場に対しての関心事が「プツッ」と切れてしまったのが分かりました。(あ、なんかもういいや…)と感じ始めたのが、開始してからまだ20分の事でした。


 特に人との関わりで嫌なことがあったとかそういう訳ではないのですが、(むしろもっと皆さんと話したり交流したかったのですが)、どうにも心がそうなってしまったら、その場にいるのが苦痛になってしまいます。


 多分、その前の時間に高い集中力を発揮して、長時間の学びをした事、そしてその学びがとても深く満足するものだった事、も要因の1つだと思っています。「元々、疲れやすいそして集中が切れやすい状態だった」という事です。

 以前はこの自分の中で関心が切れる「プツッ…」に気付く事も出来ていなく、そのままそこで過ごし続けていることが多かったので、よくグッタリ…していました。

 なのでこの時点でまずはこの、自分の中の変化に気付けたことが、ハナマルです。



関心が切れた時の、おススメの対処法

 自分の中で、その場に対する関心や集中力が1度切れてしまうと、その場に居続けるだけで精神体力を消耗してしまいます。

そんな状態を回避するために、私の経験からおススメな動作をいくつかあげます。

・トイレに行き(または行くふりをして)一度その場を離れる

 …更にトイレが終わったら、少し時間を潰してから会場に戻ると、回復の時間が取れます。(早く戻らなきゃ、と気にしてしまいがちですが)ここは思い切って20分ぐらいフェードアウトすると、効果的です。

・好きなアロマの匂いを嗅いで深呼吸する

…「辛いな」という感情を切り替えるために、お気に入りのアロマスプレーの匂いを嗅いで嗅覚刺激からの「快」の感情を脳に取り入れましょう。そしてゆっくりと8秒間かけて深呼吸します。(4で吸って1止めて4で吐く)大丈夫、大丈夫、と心の中でつぶやくと、感覚が自分軸に戻ってくるので回復しますよ。

・刺激を受けない位置に行く

…会場に戻っても、なんだかやっぱりイマイチ気が乗らない、でも帰ってしまうわけにはいかない・・・という時には、そっと端の方に行き会場の様子を俯瞰してみるのも1つの手です。あと、もし良く分かってくれている友達などがその場にいたら、「ちょっと疲れちゃって…回復するまでこの辺に一緒にふわっと居させて(笑)」と言ってみるのも良いと思います。
交流会などでは結構、1人で居ると話しかけられちゃいますからね(^-^;)

・どうしても辛ければ、早めの帰宅を

…申し込みをした時には、もちろん交流会を楽しもうと思っていたのに、当日の具合で(なんだか疲れちゃった…)というのは、珍しいことではないと思います。
HSS型HSPの特徴を持つ人は、「刺激を求める性質」と「敏感な性質」の両方を持っているため、そのバランスがとても難しいのです。適正な感覚の幅がとても狭いです。

 なので「辛い」と感じる時点で、そこから先は、もはや我慢でしかありません。
せっかく申込をしたし、みんなと交流を持ちたい気持ちがあるのはとても良く分かりますが、どうしても辛くなってしまったら、その日は早めに切り上げて帰宅するのも精神体力を消耗しないための1つの手でしょう。

 
出来なかった自分より、出来た自分を見てあげよう

・せっかく交流会に申込をしたのに、私何やってるんだろ・・・

・もったいないな・・・

・みんなといっぱい交流出来なかったな…

 疲れたときは、こんな風に自分の出来なかったことに対して目が行きがちではありませんか?

 でも、自分の出来なかった事に隠れている「出来たこと」を、たくさん見てあげてください。

・私は交流会に申込みをすることが出来た!

・だから当日会場に参加出来た

・時間は短かったけど、話を出来た人は0人じゃない

・そして自分が疲れてきた瞬間に自分で気付くことが出来た!(素晴らしい)

・自分の疲れから、人に迷惑を掛けたり誰かを傷つけるような態度はとらなかった

と。
ほらたくさんあるでしょう(*^^)v

大丈夫。何かに対する見方や捉え方は、あなた自身で決めていいんです。

何を見て、どう感じるかで、あなたの時間が作られていくとしたら!

ぜひ、「出来なかったことより出来たこと」を見て、自分自身を肯定してあげましょう。


 

 



 



自分について分かり始めてきた頃のこと

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日もその、自分だけの記録ノートから書きます。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

良かったら、前回の記事「自己肯定観が下がった人の話」も読んでみてくださいね(^^)


ーーーーーーーーーーーーーー

(ノートより)



 

自分で自分を信じられなくなった

 そしたら、自信を失った。


 自分を信じられなくなったのは、自分の感じ方が変わりやすいから。
1週間前のその時に必要だと思って人に言ったことと、今必要だと思ったことの優先順位が変わる。

 行動も変わる。

 
 人に何かを言うのが申し訳なくなって、人を振り回してしまいそうで。
人と一緒に何かをするのが怖くなった。


 人と一緒にいるのも、楽しくなくなった。

1人でいるのは、余計に寂しいし不安だ。


自己肯定観が下がった時に思うこと

・私が生きている理由をください。
・私はここに生きていますか?


 「死にたい」じゃなく逆に「生きたい」「生きたい」「生きたい」なんだ。

 今、生きてることになんの価値があるのか…とか思う前に、
そもそも自分が本当に生きてるかどうかを確かめたくなった。

 自分の心にわざと衝撃を与える。
そうやって生存確認。



 とにかくこの歳で。まだ良かった。
いろんな知識、事例を知ってしまっているから変なことしない。出来ない。



 逆に10代、20代のそういう辛さは、本当に死ぬか生きるか、むしろ心は死んで、毎日を必死に生きているんだと思う。

 

 思い返せば自分がその頃、やっぱり、そうだった。
死にたい死にたい、言ってたな。
ほんとは生きたいくせに。

 この経験も与えられたものなのか。

世界が違うんだな、

 

 堕ちてる、病んでる、という言葉を使う人もいるみたいだけど。

 あっちの世界に入ってしまうと、自分でも帰ってくるのがなかなか大変でね。しばらく時間がかかるの。


 で、帰ってくると「あれ?なんであんな状態だったの?」ってなる。
それがまた自分でも怖い。


 今は、(心が)生きてるから、言語化できてる。
けど、いつまたあっちの世界に行くかわからない。

環境の変化で、出てきた生きづらさ。

 それこそが自分らしさ、だと思ってる。
だから、変化の途中は苦しいけれど、自分と向き合って、それを否定しないようにしてる。


 敢えて言うなら、私はHSP/HSS。

 Highly Sencitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン、「人一倍敏感な人」)の中でも、Highly Sensation Seeking(ハイリー・センセーション・シーキング、「刺激をとても求める人」)の両方の特質をもつみたい。


 アクセルとブレーキを同時に踏んでる人。
環境の影響を受けやすく、敏感なくせに、刺激を求めている。


 なかなか生きづらい!!!!!!

 でも「今の自分」って、「個性」とか「障がい」とか「特質」とかで括らなくてもいい。


 自分はどんな時も自分。
自分以上でも自分以下でもない。

 
 人は一人一人違うこと、人は型にははまらない。
それを自覚して自信にすることが大事。


 今の「自分」はこんな人、どういう環境が心地よくて、どういう環境が辛くなっちゃって、っていう風に自分を知っていくことは大事。


大丈夫、 ゆっくり、でいいから。


誰かに何かをされた、とかじゃなくても

  自己肯定感が下がる場合もある。
「いったい何があったんだ?」と聞かれても、特には…覚えてない。


  でもこの日常のどこかに、自分なり辛いなぁーって思う瞬間があったはず。
まだそれに、気づけていないだけ。

 だから、なんか疲れる。
長い目で見たら、いまはそう変わってきた時期なんだ。


(ノートより、おわり)

ーーーーーーーーーーーーーー

 なぜ、私が当時のこのノートを今になってブログにしているかというと、

 私自身の経験から、まず最初に苦しくてしんどいのは、自分が人よりも繊細な気質を持っている、ということに気付くまでの毎日だと思います。

 
 私の場合は、とても辛い時間の毎日を過ごしていた時に、唯一救いだったのが「ネットで他のHSPの人のブログや呟きを見ること」でした。

 同じ繊細さをもつHSPの人の体験を読むことで、私がまだ自分で気づけていない辛さや無理してしまう癖などに、気付かせてもらうことが多かったのです。

 また、何か自分の中で感じている感覚的な「辛さ」を表現することの出来る言葉を持つことが出来たのも、救われた点でした。



 このブログは、当時の自分を救うかのような気もちで書いています。

 
 人は、辛いと感じることやその時の回復の仕方、かかる時間などそれぞれに違います。その人の周りの環境やその人の人生のタイミングによっても違います。


あなたにとって良い形で、何か少しでも支えになれたら嬉しいです。



自己肯定観が下がった人の話

 

 私は過去に精神状態がとても悪かった時、それ以上傷つくのを恐れて、人に話すことも出来なくなっていました。その時に感じた心を書き留めておく、自分だけの「記録ノート」がありました。


 今日はその、自分だけの記録ノートから。
私にとって辛い過去は「忘れたいもの」、じゃなくてこの時があったから今があると思っています。

 辛かった日々はそれだけ私にとって大切な時間の積み重ねです。

 もしこのブログを読んでいるあなたが、今とても辛い気持ちで毎日を過ごしていても、少しずつ自分を知り、またこの世界とのバランスのとり方を学んでいけば必ずまた、安定した日々を過ごせる時が来ます。


 また、身近に人一倍敏感でなにか精神的に辛そうだ…という人がいる方へは、このブログが少しでもその人の感じ方を理解する一助になれたら、幸いです。

 
【今、自分が生きている意味が分からない人へ】

 あなたが今生きている意味は、あなたが幸せになるためです。

 あなたは、あなた以上でもあなた以下でもないのです。

 大丈夫。あなたは、しっかりと今を生きています。

ーーーーーーーーーーーーーー

(ノートより)

 

 自己肯定観が下がって、

自分の価値が分からなくなったとき、

自分の存在が無になりそうになった。

 

 食べたいものが分からなくなって、いろんなことが決められなくなって、話せなくて、笑えなくなった。

 

 それからフワフワと、実家に帰った。

 

 温かくて柔らかいご飯を、一緒にお腹いっぱい食べてくれた人がいた。

 欲しいものは好きなだけ、手に入れることを許してくれた人がいた。

 何も言わずに、抱きしめてくれた人がいた。


 励ましの連絡をくれた人がいた。

「大丈夫だよ」と、何度も何度も言ってくれた人がいた。

 

 話す意欲すらない私に、話したくなるような話題をくれた人がいた。

 私が丸一日中喋っているのを、ずっと聞いてくれた人がいた。

 「元気をつけなさい」とご馳走してくれた人がいた。


 ああ、私はここに生きていたんだなぁ。と思った。

人のおかげで、気付くことが出来た。




 自己肯定観が下がる原因は、確かにある。

 でも、自分の環境をどう捉え、どう感じるかは、自分次第だ。

 

自分の感情をどう扱うかも、自分次第だったのかもしれない。



 人のせいにしていたらその事に気付けないし、全てが楽しくなくなってしまう。
 

自分の人生なのに、そんなの嫌だ!!

このままじゃ私、死んじゃう。

 追い詰められた私は、たくさん考えて、少しだけ変われるかもしれないチャンスを2つ見つけた。


 1つめは、「人は一人では生きられない」ということ。

 今まで「傷つくから関わりたくない」と、人との関係を遮断した自分がいて、その状況がまた人の温かさを気付かせづらくしていたのだ。


 でも、その時にそういう行動をとっていたのはきっと防衛本能だったのだ。とも思う。そうでもしなければ、その時をやり過ごせなかったのだから。


 とにかく、人との関わりを断っては、人は自分の命の輝きすら分からなくなる。
それは本来、人間が「一人では生きられない生き物」で、人との関わり合いの間で生きていくものだからだと思った。




 2つめは、「人は不完全な生き物」だということ。

人は一人ひとり違う。
違いがあって当たり前で、むしろその違い自体が素晴らしいこと。



 だから、人を見て「出来ない自分」「同じになれない自分」に劣等感を感じる必要すらなかったのだ。


 それよりも大切なことは「不完全である自分」を自分で受け入れることだった。


それは間違い、とか出来てるではなくて、「それも自分」だし「これも自分」でいいんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー



 もし、このブログを読んでいるあなたが、今とても辛い毎日をすごしていたら、自分が生きていることを、感じられなくなっていたら。



 少しだけ周りに目を向けて、話を出来そうな人を見つけてみてください。

 そして、人と肌を触れ合ったり(手を繋ぐ、ハグするなど)、温かいご飯を一緒に食べたり、否定されずに話を聞いてもらったり、してみてください。


 傷ついた心を回復するためには、人の心や肌の暖かさを人と一緒に感じることが、大きな助けになってくれます。



 辛い時こそ遠慮なく、人の温かさをたくさん受け取ってください。

 あなたが生きている今は、あなたの幸せな未来に繋がっています。


 



 


 


自己肯定観が下がりやすいHSP

 「自己肯定観」が下がるのは、HSPの気質を持つ人に限らず、誰にでも起こり得ることです。人間は環境の質に影響を受けながら生きていますから。

でも、HSPの気質を持つ人は、非HSPの人よりも下がりやすい傾向にあります。

 なぜなら、人よりも感じ方がとても繊細だから。

外界に対しても繊細だし、自分自身の内面に対しても先生な変化を感じ取ります。

 

私は、自分がHSPだと気づくまで、自分が疲れやすい気質であることにすら、気付いていませんでした。なぜなら、自分にとってはそれが「普通」だったから。

 なので、「疲れやすい自分」を大切にすることを、あまり意識していませんでした。

人からは良く、「ゆうは頑張りすぎるんだから、自分を大切にしなー」と言われていましたが、「自分を大切にする」の感覚が、実は良くわからなかったのです。

 そして自分の特性を分かっていなかったので、「休もう、リフレッシュしよう」として、どこかに出掛けたり人とお茶をしたりして、結果的に更に疲れていました。

(これについては、記事「私の休み方」で詳しく書いていますので読んでみてください)

 そして、「なんで自分が、こんなに些細なことでも気にして疲れるのか分からない」状態でした。

 そこから、「すぐ刺激を受けたり気にしてしまう自分は弱いんだ」と、自分の事を嫌いになりました。

 人が「頑張りすぎだよ」「気にしすぎだよ」と言ってくればくるほど、自分が否定されているような気がして、それが辛いのでどんどん人から離れていこうとしました。

(相手は私のために良かれと思って言ってくれていることなのに…)

 素直にそれを受け入れられない、そんな自分が自分で大嫌い。と思いました。

人が悪いんじゃない、自分が悪いんだ…と、どんどん自己肯定観が下がっていく時期がありました。

集団の中で仕事をするのが辛かったときのこと

 こんにちは、人生を遊ぶように生きたいゆうです。

 

 今、私はフリーランスとして仕事をしているのですが、そういう働き方を選んだ理由は、「そのほうが、より自分の感性を輝かせながら仕事することが出来る」と思ったからです。

 

 私は、いろいろな人が集まる会社の一員として働いていた時、その業務の内容以外で、他のスタッフとの連携やコミュニケーションの部分で、何度も辛い思いを感じていました。

 

 常勤という立場で週5日勤務だったため、その日に消耗した精神をうまく回復出来ないまま翌日も仕事に行くことが多く、実は日に日に精神的な疲労が溜まっていくのが辛かったです。

 

 一人暮らしで家に帰って話す人もいなく、かと言ってそんな内容を友達に電話したりLINEで聞いてもらう体力もなく…

 心の内を吐き出さないともう何も入ってこなくなってしまうので、その時の気持ちをよくノートやSNS(自分のみに公開)に記録していました。

 

今日は、その時の記録を元にした記事を書きます。

 今は毎日自分の楽なペースで過ごしているので、当時のものを読むと、「相当追い詰められていたんだなぁ」と感じます。

 そして、きっとその時にしか書けない感覚がたくさん詰まっているので、これも今の私を作るために、必要な時間だったのだなぁと思います。

以下、当時の記録です。

「それぞれのつもりがあって」

 現場など、「チームワーク」でやってることって、それぞれの人の「つもり」がある。

 連携がうまくいかない時はぶつかり、誰かが「間違っていた」ことに気付き改めることになる。

 そういう時よくよく話すと、1つの事に対する捉え方が私含めてまるで全員違っていて、それぞれの「つもり」でやっていることがある。

 Aさん:「なぜ私に共有しないで勝手に進めちゃうの?私も把握して一緒にやるつもりだったのに」

(感情…想定しない事態への驚き、寂しい、悲しい、疎外感、怒り)

 

Bさん:「Aさんには得意な分野に集中してもらえるように、こっちは私達でやるつもりだったの」

(感情…配慮、気遣い)

 それぞれのつもりはどちらも間違ってはいなかったのに、お互いにそれを知ることが出来なかったためにすれ違いが起きてしまった。連携がうまくいかない、辛い。

マニュアル通りの作業がないこの仕事では、スタッフそれぞれの人間性が良く出る。

こういう場面で、意外と本心を言えない私は、たくさん潰れてきた。

ーーーーーー

「つもり」は目には見えない。

「つもり」は言葉にしないと、相手には伝わらない。

1日の途中で、その「つもり」をなるべく丁寧に話したり聞いたりしたい。

 そうすれば、相手を否定することもない。

 相手に合わせて自分を否定することもない。

相手に〇

自分にも〇

と言えた時、そこにはとても安心出来る関係性が築けるんだろうなぁ。

 

HSPの私の休み方

 昨日は、強い圧の人の影響を受けて、家に帰った時にはぐったりしてしまいました。

相手は良かれと思ってしていることなので、相手を傷つけてしまうのではないかと思い「嫌だ」が言えず、私のほうが我慢してしまいました。

「あなたはそうなのね」「私はこうなのよ」と言えたら楽だったのですが。。。

今日は回復する日

 そんなわけで、今日は何もせず、精神を回復する日にしました。

「何もしないで休む」というと、人によっていろんな休み方があると思います。

 HSPさんは、刺激による疲労を回復するのに、少し時間がかかります。

今まで「休みの日」となると、私はリフレッシュしようと思い、どこかへ出かけたり料理や頭の中にある考えを具体化してみたりと、やりたことをやっていたのですが、

最近はそういった「やりたいことをやる」のでも、また感性が刺激されて感動したり新たなアイディアを閃いたりしてそれもまた刺激になってしまうんだなぁと気づきました。

 あと、物事のタイミングを図りながら進めるのがうまいので、休みの日でも「これを少しやっておけば次が楽」と思い、ついつい事務連絡などの作業をしてしまいがちでした。

 結局、うまく休めず、疲れは取れず…。

 なので、今日の私は時間の流れとか、やるべきタスクとかタイミングとか一切気にせずに、まず自分が楽に過ごせる時間を過ごそうと思いました。

自分の心の声を聴く

 今日はたくさん寝て、お昼ごろ起きました。

そこから、朝(昼?)ごはんに、カフェオレを飲みました。

しっかり食べなきゃ、とか気にしません。

 そのあとしばらく何もせず、「今日の私はどうしたい?」と自分の心に聞きました。

・人との連絡をとりたくない

・何も考えたくない

・あまり動きたくない(座っているのも出来れば嫌だ)

と心が言っていたので、携帯を近くから手放し、ソファーに寝っ転がって、そこから夜19時過ぎくらいまで、録画していた番組をずーっと見ていました。映画を一本、旅番組を2本。これは頭や心が疲れませんでした。

 途中、お腹がすいたので、16時くらいにそうめんを茹でて食べました。

それに伴い、自然と夕飯は22時くらいになりました。

 こんな感じで、今日は起きたい時に起きる、やりたいことをやるしやりたくないことはやらない、食べたい時に食べる。という過ごし方をしました。

これが今日の私の「休み方」

心を遊ばせるように、過ごすこと。

 おかげで、夜にはずいぶん心は回復しました。

また明日から、出来るだけ自分に無理をしないように生きていきたいと思います。

 

 

とはいえ避けられない

 社会は人の関わり合いで出来ていて

人間は誰も自分1人の世界で生きていない。

 生きている限り、必ずだれかと交わる。

 自分が辛くなる状況を分かっていても

社会の何かに属しているとどうしても避けられない時もある。

 今日は、どうしても避けられず自分を消耗してしまいました。

強い圧を受け、我慢し続けてしまったので

いつもの生活の光も、音も、匂いもいろんな刺激が

今日はもう入りません。と身体が言っています。

こんな時は、無になりたい。

何もせず、素直に休みます。

自分を知ること

 自分がHSP(人一倍敏感な人)だと知ると、「HSPだからこう」とか「私はHSPなんだ」と、思ってしまいがちです。 でも、そうやって自分で自分を責めることはしなくて良いんですよ。

 大切なことはHSPはその人の素晴らしい特性の1つであって、「私の存在自体がHSP」というわけではないということです。HSPであることを、自分らしく生きていくために最大限に生かしていきましょう。




  HSPさんは、環境の影響を受けやすかったり、その高い共感性から人の思いを感じ取りやすかったりするので、「人との境界線が薄い」と言われています。

  そして、自分の心や身体の状態に気づきづらいため、実はとても自分を消耗していることに気づかないまま過ごしていることが多いです。

 でも、せっかくの自分の人生の時間、自分が幸せになるよう、輝かせて行きたいですよね。 自分こそ、自分の1番の味方になっていってあげましょう。

 そのためには、自分自身の内面に目を向けて、自分をよく知ってあげることが大切です。

自分を知ること

 例えば、「時間」に関して。

この記事を読んでいるあなたが、HSPさんだとしたら、あなたが物事に集中したり、人と一緒に何かを取り組める時間は何時間ですか?

 だいたいでもそれが分かっていれば、長時間の行事や人と会うときに「あ、私はそろそろ疲れてくるな。ここで1回休憩を入れよう」と、意識的に自分に無理をさせない過ごし方が出来ます。

 休憩は、例えばトイレなど別の場所に行ってみたり、目を閉じて深く深呼吸をしてみたりすると良いですね。

 HSPさんにとっては、無理して相手に合わせて一緒に居るということが辛く精神をすり減らしてしまうのです。

 この、意識的に「自分をコントロール出来ている」ということが、人との境界線を強くし自分の感覚を保ちやすくなります。

 ちなみに、私の場合は人と居れるのがだいたい3~4時間くらいかな。と最近思っています。

 

また、「自分が追求しがちなこと」についても、知っておくと楽になれます。

 HSPさんは、細かなことに気づくため、感覚1つですらとても正確さを追求することがあります。 それも、感覚的に反応してしまうことなので、無意識であることが多いです。

 例えば 、

・言い方や言葉の使い方に拘るのか

・文章の文字に拘るのか、相手の声の調子に拘るのか

・物事の運び方やタイミングに拘るのか

などです。

 これらのことで「ん?」と違和感を感じたり、理由もなくなぜか自分だけイライラしてしまったりすることがあれば、 「あぁ、私は今ここに気づいて違和感を感じているんだな」と、まずは自分を客観視してあげると良いと思います。

 一度悲しかったり辛い感情に飲み込まれてしまうと、なかなか気持ちの切り替えが出来なくなってしまうんですよね。 そうすると、その後の予定も全部自分のペースが崩れていってしまう時もあります。

 自分を客観視出来れば、「私=感情そのもの」ではなくなるので、 「ああ、今はイライラしている私が、(何かを)やろうとしているな」→だから、少し落ち着こう。と対処することが出来ます。

 自分を知るということ。

 それは「HSPについて知る」のではなく、 HSPをきっかけに自分自身に目を向けてあげること。

 そして、特に自分の苦手なことを知っておいてあげることが、HSPさんの生きやすさに繋がることだと私は思っています。

HSPを初めて知ったとき。

 人と一緒にいると、その時は楽しく過ごせるけれど、

家に帰ると、なんだかぐったり動けなくなってしまう。

 自分の中では普通に「こう」と思うことが、どうも自分だけ人と合わなくて困ることがある。

 威力のある人、イライラしている人、がいるとなぜか自分までその気持ちになってしまう。

 基本的に相手優先、気付くと自分のことは後回し。

 何かをしながら、常に人や場所の事を考えていて、1日の中で自分に意識を向ける時間が全くなかった!なんてことも日常茶飯事。

 周りの雰囲気に合わせる事が出来るが、その代わり「自分」がどっかにいってしまったような感じがする。

 とにかく、なんか自分は人と違う!

普通の日々を生きていくことが、ただそれだけで辛すぎる。

 もしかして私、実は発達障害をもっているのかな。

毎日そう思うようになってから、1年半ほど経っていた頃…

たまたま、HSPという言葉に出会った。

 

 きっかけは、仕事に関連して子どもの「感覚統合」について勉強していた時。

私はネットで「感覚統合」「子どもの感覚」「うまく適応できない」などのキーワードで、いろいろと調べていました。

 (うまく適応できないのは、辛いよなぁ…、なんだか分かる気がする)なんて思ってながら。

そしてふと、

「HSPーhighly sensetive personー(人一倍敏感な人)」という文字に目が止まり、何気なくページを開いてみると、そこには「チェックリスト」なるものがありました。

【HSP簡易チェックリスト】

1.自分を取り巻く環境の微妙な変化によく気づくほうだ

2.他人の気分に左右される

3.痛みにとても敏感である

4.忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋など、プライバシーが得られ、刺激から
  逃れられる場所にひきこもりたくなる

5.カフェインに敏感に反応する

6.明るい光や強い匂い、ざらざらした布地、サイレンなどの音に圧倒されやすい

7.豊かな想像力を持ち、空想に耽(ふけ)りやすい

8.騒音に悩まされやすい

9.美術や音楽に深く心動かされる

10.とても良心的である

11.すぐにびっくりする(仰天する)

12.短時間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう

13.人が何かで不快な思いをしているとき、どうすれば快適になるかすぐに気づく
   (たとえば電灯の明るさを調節したり、席を替えるなど)

14.一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ

15.ミスをしたり、物を忘れないようにいつも気をつける

16.暴力的な映画やテレビ番組は見ないようにしている

17.あまりにもたくさんのことが自分のまわりで起こっていると、不快になり、神経
    が高ぶる

18.空腹になると、集中できないとか気分が悪くなるといった強い反応が起こる

19.生活に変化があると混乱する

20.デリケートな香りや味、音、音楽などを好む

21.動揺するような状況を避けることを、普段の生活で最優先している

22.仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を
    発揮できない

23.子供のころ、親や教師は自分のことを「敏感だ」とか「内気だ」と思っていた。

以上の質問のうち12個以上に「はい」と答えた場合はおそらくHSPに該当するとおもわれます。また、たとえ「はい」が1つか2であっても感受性の度合が極端に強いのならHSPに該当するかもしれません。

(出典:「ささいなことにも動揺してしまうあなたへ」)
(著者:エイレン・N・アーロン)

 驚いたことに、ほとんどが私の状態に当てはまり、

「私はこれだったのかーーーーーーーー!」と、1人アパートで叫んだのを今でも覚えています。

 それからまた何日間か、HSPについての情報を貪るように夢中で拾い集め、本も買って読んでみたりして調べれば調べるほど、「なんだ、私が変な訳じゃなかったんだ!」と確信出来るようになりました。

HSPーHighly sensetive personー
(ハイリ―・センシティブ・パーソン)
人一倍敏感な人

 

 HSPとは「人一倍敏感な人」と言われます。

アメリカの心理学者エレイン・N・アーロン博士が提唱した概念です。

 人口の2割くらいの人が、この「HSP」の気質を持つと言われていますが、日本人の場合はその「調和を重んじる」国民性から、それよりも多い割合でいると言われています。

 2割ということは、5人いたらそのうち1人がHSP。少数派ですね。

 そしてこのHSPは、病気でも障害でもありません。

人が生まれながらにして持っている「気質」のことです。

 日本では、まだあまり知られていないため、自分がHSPだという事に気付かないまま日々「生きづらさ」を感じている人が多くいます。

 最近では少しずつ耳にするようになってきましたが、医学的根拠などはないため、医者の中でも知っている人がまだ少なく、抑鬱症状などから精神科などを受診してもHSPの可能性までたどり着けないこともあるようです。

 私は自分がHSPだと知ったことで、今まで自分が感じていた違和感や生きづらさに理由が見つかり、精神的にとても救われました。理由とその特徴が分かれば、少しずつ対処することは出来ますからね。



 自分がHSPと知るまでの期間のほうが、まるで出口のない、希望の見えない長いトンネルのようでとても辛かったです。